予算審査特別委員会4日目。今日は歳出主に区民費について審議。
来年度行なわれる「男女平等意識調査」について私が質疑に立ちました。
平成11年に「男女共同参画基本法」が制定されて以来、文京区における男女平等政策も「女性行動計画」 などの基に大きな成果を挙げてきました。
来年度は、今後文京区における条例制定も視野に入れて、区民に対しての意識調査」が行なわれるとのことです。
それをダメだというつもりは全くないのですが、ここ数年「男女平等」の名の下に様々な誤解や、
混乱が私達の身の回りに起きている事も充分に認識しなくてはいけないと感じています。
一昨年の国会質疑では、自民党・民主党・自由党(当時)の議員から次々と「男女共同参画基本法」について、 その精神や解釈を巡り波紋が投げかけられました。
特に、男女平等問題の象徴用語とされている「ジェンダーフリー」については今後も大きな焦点になると考えられます。
「ジェンダーフリー」とは一般的に男女差別の根源とされている社会制度や慣行(ジェンダーと呼ばれています。)
を解消することが目的と解されいます。
一見、しごくごもっともにに思えるこの解釈、しかしその裏には、極めて不可解かつ危険な思想が秘められているのではと私は思っています。
国会における政府見解では、ジェンダーフリーは非公式な用語であるとともに、 一部に男女の性別を画一的に排除し中性化しようとする動きがあることが示されました。また、「ジェンダーフリー教育」 を名目に行なわれている性教育や保育事業が教育現場や子育ての現場で大きな混乱をきたしていることも確認されました。
実際文京区においても、厚生労働省所管財団発行の中学生向け性教育手引書「ラブアンドボディ」という小冊子について、 「好ましくない。」との判断の下に教育委員会が配布を中止した事実があったことが私の質疑の中で明らかになりました。
また、東京都からは「ジェンダーフリー教育」については注意を要する旨の指導もあったとのこと・・・。
看過できません。
その他、基本的人権に関わる問題も私はあると考えています。
子供の名前を付けるのに「男らしい」「女らしい」名前を子供に押し付けるのはダメだとか、固定的な役割分担だとして専業主婦を否定したり、
果ては「ひな祭りや」「端午の節句」の中立的な位置づけに至るまで・・・。
そういったことまで行政が過度に介入するとしたならば、これは明らかに「思想・信条の自由」に反する行為です。
デリケートな問題だけで、是非ともそうした現状の実態を認識し、現実を踏まえて取り組んでもらうよう区当局に強く要望いたしました。
○男女平等を考えるにあたってのポイント。
1.お互いの違いを認め尊重しあえるか?(男女は同権であって同質ではないということ。男らしさ・女らしさも否定しないということ。)
2.長い歴史の中で日本人が培ってきた文化や伝統を尊重できるか?
(雛祭りや、端午の節句などの伝統行事は差別とは無関係。)
3.家庭の中で現実的に家族を支えている「専業主婦」を否定しないこと。
(差別というよりもそれぞれの家庭の家族観として捉えるべき。)
4.男女平等は、「機会の平等であり、結果の平等ではないこと。」
5.私的な問題に行政がどこまで関与できるか?
(思想・信条の自由を侵さぬよう配慮が必要。)