決算審査特別委員会3日目。
今日は歳出の主に区民費についての質疑が行なわれました。
その中で、男女共同参画について私から一言発言させてもらいました。
男女共同参画に関わる施策については文京区においても「男女平等センター」を拠点にし、積極的に取り組まれています。
今日の委員会においても女性委員を中心に、その現状についての質疑があったのですが私が気になったのは「ジェンダーフリー」 という言葉について・・・。
ジェンダーフリーとは、
「ジェンダー」→社会的・文化的に作られた性差。
「男・女はこういうもの」という通念を基にした男女の区別。
「男らしさ」「女らしさ」をいう。
フリー→フリーにする。白紙に戻し、否定すること。
つまりジェンダーフリーは男らしさ・女らしさの解消。
文京区の基本構想にも「ジェンダーフリー」は位置づけられています。
その言葉自体を否定するつもりはないのですが、その扱い方には問題があるように思います。
まず第1に、「ジェンダーフリー」は非公式な用語であるということ。
昨年平成14年11月12日、参議院内閣委員会において「男女共同参画基本法」についての質疑が行なわれました。
偶然その会議録を手に入れることができたのですが、その中で・・・
亀井郁夫委員の「基本法の精神はジェンダーフリーなのか?」との質問に対し坂東真理子内閣府男女共同参画局長(当時)の答弁は 「ジェンダーフリーという言葉は国連も日本の法令も使っていない。一部に、男女の区別をなくす、 男女の違いを画一的に排除しようという意味で使っている人がいるが、男女共同参画社会はこのようなものを目指していない。」というもの。
「こうした政府見解をどのように受け止め、文京区としてジェンダーフリーをどう捉えているのか?」との私の質問に、
男女平等青少年課長の答弁は「政府見解は承知しているが・・・、ジェンダーフリーという言葉は定着しており○×△▲@・・・・・」
などと途中から意味不明の答弁が。
この問題についての見識の曖昧さを感じさせるものでした。
第2に、「ジェンダーフリー」をめぐり不穏な動きがあること。
今日の委員会質疑の中で、市民フォーラムの田中和子委員より、「一部にジェンダーフリーという言葉を悪用し、国民を悪しき思想
(フリーセックス)に誘導しようとする動きがある。」という発言を聞きました。
いずれの観点からしても「要注意」と感じざるを得ません。
私は、文京区民が「女性の地位向上や社会進出そして男女共同参画社会の実現」 に向けてジェンダーフリーを用いて自由に議論をすることを否定するものではありません。しかし、先に掲げた現状を把握した上で、 正しい見識と認識をもって議論してもらいたいと願っています。
そして少なくとも執行機関である文京区は区民がそうした正しい認識を持てるよう必要に応じ正確な情報提供をしていく責務があるのではないでしょうか?
今日の課長答弁では全く納得がいきません。
文京区の男女平等青少年課では「それいけ!ジェンダーフリー」と称し、地域の会合や催し物に出向いて、 男女平等参画についてのPR事業を行なっているようですが、今日のような答弁では「それいけ!」と言われても、「はい、わかりました。」 と素直に受け止められるものではありません・・・。
今一度、現状の再認識を区に要望しました。
私自身もこの件については、より問題意識を持ち取り組んでいくつもりです。